隠元禅師の縁(長崎)
長崎に異国情緒溢れる
寺町通りがある。その
一角に興福寺がある。
興福寺を開いたのは長崎
最初の中国僧の真円である。
真円は中国でも評判の
高僧・隠元禅師を日本へ
招請するために努力する。
興福寺には隠元の高徳を
慕う僧が大勢いたという。
隠元は弟子を派遣したが
船が座礁して客死。
やむなく本人が長崎へ。
のち、隠元は黄檗宗の
大本山・萬福寺(京都)を
開山することになる。
隠元の活躍により
黄檗宗は曹洞宗、臨済宗
と共に日本三大禅宗と
いわれるまで栄える。
興福寺は隠元が
初めて日本に来た初登
の聖地、日本黄檗宗
発祥の地とされる。
珍しい二階建ての
鐘鼓楼。上階に鐘を吊り
太鼓を置く。下階は禅堂。
隠元はインゲン豆でも
知られ、日中の縁、人の
縁を新たに思う。
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興福寺・鐘鼓楼(長崎) |
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