徳融寺(奈良)
徳融寺(とくゆうじ)は
奈良市鳴川町にある
融通念仏宗の寺院である。
誕生寺から100m程の所。
元は元興寺の一院、
土一揆で罹災し1590年
(天正18年)現在地に
移されたがはじまりという。
寺地は中将姫の父・
藤原豊成の別宅跡で
中将姫は少女時代を過ごし
継母に虐められたという。
本堂裏には崖の上から
突き落とされた虚空塚、
雪の日に竹に打たれた
雪責松の跡などがある。
本堂の本尊・阿弥陀如来
立像は源頼朝の妻・北条
政子の念持仏と伝わる。
観音堂にはわが国最古と
いう子安観音像を安置する。
江戸時代末、寺子屋が
開かれ、これが奈良市立
済美小学校の前身という。
境内に心前上人の
「曳きのこす 花や秋咲く
石の竹」の歌碑がある。
松永弾正久秀はこの歌で
多聞城に使う石塔婆を持ち
去るのを断念したという。
| 所在地 |
奈良県奈良市鳴川町25 |
| 山号 |
豊成山 |
| 宗派 |
融通念仏宗 |
| 本尊 |
阿弥陀如来立像 |
| 創建年 |
(伝)1590年(天正18年) |
| 備考 |
中将姫ゆかりの寺 |
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