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国分寺とその後


 全国を廻ると各地に
国分寺がある。信濃国分寺、
若狭国分寺など、かっての
令制国の国名が付いている。

 四国八十八箇所でも
札所名は単に国分寺であるが
29番・土佐国分寺、59番・
伊予国分寺などがある。

 東京も武蔵国分寺があり
国分寺市の地名もある。

 741年(天平13年)
聖武天皇が仏教による
国家鎮護のため各国に命じた
建立寺院に由来する。

 国分寺の多くは国府
区域内かその周辺にあり
国庁と共にその国の
最大の建築物だったという。

 その後の経緯は様々。
廃寺となりその後の経緯も
不明のものも多い。

 また、廃寺となるも
「国分寺跡」として国の
史跡となっていることもある。

 史跡の近くに後継寺院
として存続する場合もある。

 宗派も様々である。
信濃国分寺は天台宗、
若狭国分寺は曹洞宗、
土佐国分寺は真言宗である。

 国の大事業「国分寺」
  滅んだ寺、生き延びた寺


 信濃国分寺(長野) 



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