御霊信仰と乙訓寺
御霊信仰(ごりょうしんこう)は
天災や疫病が非業の死を
遂げた人の怨霊の仕業とみて
これを鎮め御霊とする信仰である。
京都府長岡京市にある
乙訓寺(おとくにてら)。
784年(延暦3年)桓武
天皇が長岡京遷都の際、
京内七大寺の筆頭として
大規模に増築されたという。
藤原種継暗殺事件の
首謀者の一人として嫌疑を
かけられた早良親王が
幽閉された場所とされる。
親王は天皇の弟。その後、
淡路島へ配流途上で死去。
暗殺事件をきっかけに
天災・疫病が続発、流行。
長岡京はわずか10年で幕を
閉じて平安京に遷都。
桓武天皇は早良親王の
怨霊を恐れ親王に崇道天皇の
称号を贈り崇道天皇社に祀る。
以来、左遷された菅原
道真を祀る天満宮など貴族
の間でも御霊信仰が広がる。
御霊信仰の一つに八坂
神社の祇園御霊会がある。
今、「祇園祭」として京都
の夏の風物詩となっている。
御霊信仰の起点
早良親王幽閉の乙訓寺
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乙訓寺(京都) |
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