サンダル余話
釈迦のありのままの姿の仏像について 釈迦の出家以後の姿が如来の原型となり 出家以前の姿が菩薩の原型となる。 如来については、 釈迦の出家以後の姿として 布1枚を纏っただけなので何の支障もない。
出家直後の修行中の姿だろうが 悟りを開いたブッダだろうが 外見の布1枚、素足の修行僧の姿はそれほど変わらない。
一方、菩薩については 出家以前の姿を仏像化することは 本来の仏教の趣旨からは違和感がある。
ましてや、豪華できらびやかな アクセサリーを身に付けた姿である。
ここは、本来の仏教ではない 大乗仏教の影響を受けていく過程の中で 醸成されていく菩薩形成の姿でもある。
瓜生
中氏の「知っておきたい 仏像の見方」 (角川ソフィア文庫)で、菩薩にいて 面白い話が載っていたので紹介する。
初期の菩薩像はサンダルを履いていたという。 当時の風俗に忠実に作られていたからである。
しかし、豪華な衣装はともかく、サンダルは具合が悪い。 全てを投げ捨てて素足で修行する−そこに庶民の共感を呼ぶ。
以後、菩薩の役割も増え、 サンダルを履いて悠長に構えていては困る。
そこで、サンダルを脱いだ。 その脱いだ菩薩が日本に入ってきた。 だから日本では、如来も菩薩も素足だという。
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