仏像の予兆


 ブッダ入滅後500年以上
仏像は造られることはなかった。

 しかし、500年というと
人間の寿命は100年はないから
弟子たちも7代から8代目となる。

 弟子たちが代々修行するとは限らず
新参者も多く加わっていったことだろう。

 偶像崇拝を禁止するブッダの教えは
次第にその点については
だんだん薄らいで行ったと思われる。

 なかには修行しても
悟りの境地に達しないものも出てきただろう。
むしろごく少数の者しかいなかったかも知れない。

 しかし、ブッダへの想いは強い。
適わぬ故に、ブッダへの畏敬の念はかえって増す。

 一方、仏足石、宝輪、菩提樹といった
いわば、ブッダの代替物では物足りない。

 ましてや、一般の信仰者にとって
ブッダの教えよりも、ブッダその人に逢いたい
という想いは強かったに違いない。

 識字率が低い多くの庶民にとって
あまりピントこないブッダの代替物より
ブッダその人の面影としての仏像への欲求は
日に日に増していったと思われる。

 ブッダの教えが尊いからこそではあるが
このブッダの偶像への飢餓状態は
ブッダへの想いが長続きし
仏像の芽生えから仏像の誕生への原動力となる。



TOP