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  「千社探訪」

■ 千社探訪   

 
■ 著者        田廻良弘
■ 出版社     パレード  
■ 出版年月日    2018年6月10日
■ ISBN-13     978-4-86522-165-5
■ 頁数      254ページ
■ 価格      1,500円+税
■ 発売      Amazon

   

 

■ 要旨 

 

 定年後のライフワークとして寺社を探訪してまとめた第二弾。
前著「千か寺探訪」で、日本全国の古寺を千か所回ったが、日本
独特の「神仏習合」の実態に触れ、神社をも回ることを決意。
全国くまなく歩いた現場で見た、
神社をめぐる風景・建築・地域・
歴史・文化・風習などを簡潔な文章で紹介。

■ 目次 

第1章  京都の10社
第2章  奈良の10社
第3章  一宮の社
第4章  日本の10社
第5章  心に残る10社
第6章  風向明媚な10社
第7章  鳥居を見る
第8章  境内を歩く
第9章  境内社と出会う
第10章  地域を知る
第11章  歴史を知る
第12章  神仏習合の不思議
第13章  信仰の姿
第14章  生活の中の神々
第15章  仏教文化の広がり
第16章  神話をたどる
社名索引・住所録

■ 「はじめに」より   

  この度、全国の神社を回った。お寺を回っているうち、神社も探訪した方が、お寺のことが良く分かるかも知れないと思い始めた。日本独特の「神仏習合」の実態に触れてきたからである。前書「千か寺探訪」を纏めるに当たり、その感は一層、強くなった。
 一方、千か寺探訪を終えて、また全国を旅するのか、そのエネルギーの膨大さに、正直、二の足を踏んだ。しかし、「実態を知りたい」という思いから、実行に踏み切った。結果、「千か寺探訪」に続く「千社探訪」となった。
 神仏習合による地理的な寺社の隣り合わせも多い。沖縄の護国寺の隣の「波上宮」。和歌山・熊野の青岸渡寺の隣の熊野那智大社。痛い出費に、「二度手間のロス」を文字通り痛感する。試行錯誤の連続。しかし、遠回りだが、「神仏習合」を、それだけ肌で感じる体験と、前向きに受けとめる。
 神社に欠かせないのは「神話」の世界。悩ませたのは神の名前、表記である。イザナギノミコトは、古事記では「伊邪那岐命」、日本書記では「伊弉諾神」。カタカナ表記の本もある。しかし、淡路島の伊弉諾神宮の祭神は伊弉諾尊である。社名によれば、カタカナでも、伊邪那岐命でも具合が悪い。また、尊、命、神と微妙に異なる。結局、各神社、地域による異なる表記のままとした。
 また、日本の「漢字文化」と日本人の「奥ゆかしさ」による複雑な表記もある。福岡の筥崎宮の「筥」は天皇を出産した際の胞衣を入れた箱に由来するという。恐れ多いと地名、駅名は「箱」としている。神の表記などで、本来の神を一字変える、読みは同じで違う字にするなどが多く見られる。因みに、熊本の藤崎八旛宮の「旛」は、一般の八幡宮の「幡」の偏を変えている。
 また、真相の解明がある。神話、神社の歴史、神々をはじめ史実などの解釈には諸説ある。伝承も様々である。なるべく「諸説あり」「説もある」としているが、或いは、一説に基づいた記述もあるかも知れない。勿論、「真実」が第一であるが、「伝承」として歴史にもまれながら、生き残っているという事実も大切にしたい。
 千社探訪後、「地域」と「歴史」は、やはり、キーワードである。「地域」を知る。「歴史」を知る。そして「日本」を知る。その想いは千か寺探訪時と同じである。本の体裁は前書「千か寺探訪」とあえて同じとした。鎌倉は「一宮」、伽藍は「鳥居」、仏像は「境内社」、足跡は「神話」など若干変更しているが、大きな違いはない。「神仏習合の不思議」は神仏習合を感じる旅としては、少し違和感があるが、前書との統一性を優先した。
 さて、「千か寺」と「千社」を合わせて、「二千件」を探訪したことになった。実際に回ってみて感じることも多々ある。その一つに、神も仏もすべて受け入れる。日本人の「おおらかさ」がある。
 五月五日の端午の節句は、昔は女性の節句であった。五月は田植えの季節。女性の仕事とされた田植えの前に身を清める「五月忌み」という儀式があった。中国からの魔よけの菖蒲と結びつき「菖蒲湯」などの風習が生まれる。武家社会になり「菖蒲」が「勝負」という語呂合わせもあり、男の節句となる。そして今、こどもの日である。
 外来の「菖蒲」を受け入れ、節句という季節感を守りながら、女性から男性へ反対の儀式として柔軟に取り入れる「おおらかさ」である。
 釈迦の原始仏教は偶像崇拝を禁止、その延長での仏像は釈迦の趣旨とはやや異なる。大乗仏教ではあるが、大陸から外来の宗教を受け入れ、日本古来の神道と結び付き「神仏習合」は生まれた。政治として利用した、文化として根付いた、様々な見方があろう。しかし、そこには「おおらかさ」に加えて、「なんでも巧みに受け入れる」日本人の「したたかさ」があったともいえる。
 今や、初詣は正月の年中行事である。お寺でも、神社でも、多くの人はこだわらない。「新年」にあたり、近くて、ちょっと人気がありそうな所へ行く。最近では、「インスタ映え」といわれ、写真共有サイト「インスタグラム」に載せたら映えそうな光景に人気が集まる。パワースポットとなれば、なお良いかも知れない。この日本人の「あいまいさ」はアイデンティティーがないという弱みともなるが、ニュートラルな「したたかさ」に繋がる場合もある。
 なぜ「千」なのか、北は北海道から南は沖縄まで四十七都道府県を全部回る。京都、奈良などは多くなる。「全国を回った」とするには、最低「千」位が妥当と考え、明快な理由はない。お寺は三年、神社は二年。お寺に続き、神社はハイスパースで回った。それは神仏習合を凝集して感じる時間でもあった。探訪にあたり新倉秀作氏のご協力に感謝したい。
 「千か寺探訪」と「千社探訪」の二冊を一冊に纏めて「神仏習合」の本とも考えたが、単に寄せ集めでは中途半端で深掘りがない。今後は、お寺、神社と先入観を持たず、「神仏習合」を体験した「あかし」を友に、日本の寺社探訪を続けよう。ライフワークの実践でもある。急に歩かなくなると「健康」に悪いという声も聞こえてくる。第二の人生、男「自己実現の旅」でもある。


  「千か寺探訪」
  
                    ■ 出版記念祝賀会→会場風景
  

■ 千か寺探訪   

 
■ 著・写真        田廻良弘
■ 出版社     ラトルズ  
■ 出版年月日    2016年5月31日
■ ISBN-13     978-4-89977-446-4
■ 頁数      253ページ
■ 価格      1,500円+税
■ 発売      Amazon(好評発売中)

   

 

■ 要旨 

 気軽に始めた寺廻りだったが、「日本の寺」の興味深さに足は早まった。
廻ったその数、三年で千か寺。有名無名、宗派を問わず、全国くまなく
歩いた現場で見えた、古寺をめぐる風景・仏像・建築・歴史・文化・習俗を
ごく簡潔な文章で紹介。


■ 目次 

第1章  京都の10か寺
第2章  奈良の10か寺
第3章  鎌倉の10か寺
第4章  日本の10か寺
第5章  心に残る10か寺
第6章  風向明媚な10か寺
第7章  伽藍を見る
第8章  境内を歩く
第9章  仏像と出会う
第10章  地域を知る
第11章  歴史を知る
第12章  神仏習合の不思議
第13章  信仰の姿
第14章  生活の中の仏教
第15章  仏教文化の広がり
第16章  足跡をたどる
寺名索引・住所録

■ 「はじめに」より   

 

 この度、全国のお寺を回ってみた。きっかけは定年退職である。初めは鎌倉、奈良と続き、京都。さらに全国へ展開して1000か寺。鎌倉55、奈良90、京都304、滋賀131、東京も100か寺探訪。北海道から沖縄まで全47都道府県を一通り回ったことになる。当初は北海道や沖縄にお寺があるのかさえ分からなかった。筋違いながら、経営の鉄則、先ず現場を回るという癖が出たのかもしれない。また、健康のために歩く。理屈付けはともかく、走り出したのである。今まで地方の銀行員として中小企業の経営に関わり、金廻りを考えていたのが一転、寺廻りに奔走するようになったのである。 

 ただ巡るだけではなく写真を撮りコラムを書く。御朱印をもらうことをせず、ホームペ−ジに載せることにした。世間の周知にさらす。それはやりがいがある一方、間違いがあってはならないという緊張感もある。コラムを書くことで得たものも多い。大小に関わらずA41枚に書く。現地に行って写真を撮るが資料不足で書けないものもある。当然1000件の中に入らない。しかし、その課程で貴重な知識を得たことも多い。また、その積み重ねは、お寺への情報として膨らんでいった。点と線が繋がりお寺への興味が増す。その連続があったからこその1000か寺かも知れない。 

 奈良・東大寺の大仏殿。2階建てに見えるが裳階(もこし)付きという。あの大きい大仏が入るのに、確かに階を区切っては窮屈である。それでは裳階とは何か。裳は上代の女性が腰から下にまとった服。そこから転じて建物の下につける飾り。その眼でみると裳階付きは案外多い。そうなると屋根にも注目。茅葺き、檜皮葺、また入母屋造などとなると写真も正面からではなく、少し斜めのアングルでないと分かりづらい。写真の撮り方が変わる。境内の木や花、蛙などゆかりの小動物にも関心を向けると写真の対象物も広がる。 

 三重塔、五重塔はお寺探しの目印になって良い。時々、多宝塔がある。二重塔に見える。多宝塔は初層が四角で上が円形。二重塔は下も上も四角と構造が違う。それはともかく、多宝塔はインド、中国にはなく日本生まれという。塔が釈迦の骨・仏舎利を祀るのに対して多宝如来を祀る。これは法華経から来ているという。そうなるとお経も勉強しなければならない。教典を調べていて維摩経の方丈に出会う。方丈は維摩居士の室から来ていることが判明。その後、僧侶が住む家から僧侶そのものを指し、本尊を祀る本堂、さらに天龍寺の大方丈なども出現することになる。また、観音経の観音33変化から観音霊場33所巡り、京都の三十三間堂などにも繋がることが分かる。歩きながら考え・調べる。調べながら歩く、そんな日々が続くことになる。 

 1000か寺を回ってのキーワードは「地域」と「歴史」である。全国各地のお寺にそれなりの物語があり、歴史がある。お寺の始まりから発展、その過程で生まれた逸話、エピソードも多い。お寺を中心とする風俗・風習、さらには新しい文化の土壌の誕生もある。それらを丁寧に分類しながらバランスを取る構成に心がけた。「地域」を知る、「歴史」を知る、そして「日本」を知る。そんな想いもある。 

 分類をする前に、お寺全体の概要として、京都、奈良、鎌倉、全国10選を挙げているが、それぞれの数字は順位を表すものではない。なお、仏像拝観は京都・奈良など個々のお寺で紹介しているが、そこにはないものを取り上げている。 

 お寺の当事者自身は宗派、修行の性質上、他のお寺への関心は向きにくい。また、仏教学者、専門家は現場のお寺をこれほど回った人は少ないと思われる。また、多くのお寺の案内手引き書は個別のお寺毎になっている。お寺全般にわたる本が意外と少ない。何事も理論と実践、書物と現場。1000か寺というお寺の現場を踏まえて、まとめることはそれなりに意味があるのではないかと思い出版に踏み切った。 

 お寺の背景にある日本の仏教の立ち位置も少なからず理解が深まった。また、日本の神仏習合を真に理解するためには神社も回らなければならないばとの思いもある。一方、仏像の誕生の背景、仏教についも本格的な勉強を始め、釈迦の誕生から原始仏教、さらには大乗仏教、密教と源泉を辿るにつれ、現在の日本の仏教の課題、問題点も見えてきた。ライフワークの一つとして、それらにも取り組みたい。 

 お寺は結構、面白く奥が深い。一日本人としてお寺に無関心な人への橋渡しになればとも思う。伽藍、境内、仏像、信仰、風俗、文化など入口は数多く設けてある。東京オリンピックもある。日本人として発信する機会も多くなると思われる。無宗教でも日本人である。一人でも多くの人がお寺に関心を持ち、日本人の心のふるさを理解する糧になればとも思う。なにしろ、少し前までは無関心層の一人である。無関心からの出発。そこに説得力があればと思う。 

 70才で定年退職し、3年で1000寺を回った。これから高齢社会が本格化するなか、「第2の人生」のヒントの一助になれば幸いである。


 ■ 出版記念祝賀会
   
  横浜YBS南幸ビル9Fホールにて(2016.7.23)
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